[IV] 水曜日「像の重さと塔からの脱出」

バフラーム王は、さまざまな出来事を交えて語り手が話したこの物語に大変驚嘆し、同時にとても面白がった。サルの知恵とトンビの身に起きた不幸を聞いて、笑いを抑えきれなかった。それを見て、王の重臣たちも大変喜んだ。自分たちの君主が日に日に良くなっているとわかったからだ。王の名において翌水曜日の早朝、さまざまな色で飾られた第三の王宮へ全員が行くよう命じられた。そして宮廷人たちはみな命令に従って建物の飾りと同じ服装をし、日が昇るとすぐにそこへ向かった。バフラーム王はそこにいた若い娘と楽しい会話で時を過ごした後で食事を済ませてゆっくり休んでから、第三の語り手に御前へ出てその話をするように命じた。語り手が話を始めた。


インドの海岸の町ゼヘブに偶像崇拝する豊かで偉大な君主がいて、獅子を崇拝し崇めていました。君主は宮廷にいろいろと優れた職人を抱えていましたが、そのなかでもひとりの金細工師は、その技術の素晴らしさの点で世界にその技に肩を並べるものはいないほどでした。つねに美しく素晴らしい作品を作っていた彼に巨大な金獅子像を作らせようと君主は考えました。そこで自分の前に呼び出して国中の一万もの重さの黄金を彼に渡して、それで美しい獅子を作るよう命じました。

職人は大量の黄金を受取って、あらゆる点で非の打ち所のない見事な獅子像を作ることに没頭しました。その作業にとりかかり、十ヶ月かかって一体の像を完成させました。まるで魂が入ったら今にも動き出しそうなほどのできばえでした。大変な重量にもかかわらず、足の下に車輪を取り付けてあったのでわずか十人の手でどこへでも曳いて行くことができました。この見事な作品に大変王は満足し、見た者はだれも驚嘆して人の手によるものとはなかなか信じませんでした。金細工師の高い技術に報いようと、君主は、作品の褒美として一年に千スクーディ以上を彼に与えました。

君主がとても気前のよいところを示したので、町の多くの金細工師たちは大変うらやましく思いました。彼らは何日も獅子を眺めて、もし何か欠点を見つけることができればけちをつけて君主から感謝を受けられるだろうと考えました。そんななかに、巧妙でとても知恵のある者がいました。この獅子のどこにも口を挟むことはできませんでしたが、彼は、その大きさと質からすれば黄金一万もの重さはないはずだと見抜きました。金細工師の収入を横取りして君主から自分が恩恵を受けるのにちょうどよい機会だと思い、彼はどうしようかずっと考えました。しかし、君主が金細工師の詐欺を確かめるためにこんなに完璧な動物像を壊してしまうことはありえないことなので、頭を抱えました。これだけの黄金の重さを量る方法が思いつかなかったのです。

ある日、このことを妻と話していて、もし獅子の重さを量る方法がわかるなら、金細工師が行ったごまかしを君主に証明できて、彼に渡されている褒美とその恩恵がきっと自分のものになるだろうと言いました。その言葉を聞いた妻は、「わたしならきっと」と夫に言いました。「もし任せてくれるなら、その秘密を教えてあげられるわ」もしそれが調べられるならこの先幸福な生活を送れるだろうと夫は答えたました。その妻は、金細工師の妻に近づいて、何度か付き合ううちに親密な間柄になりました。これを利用して自分の望みを達成しようと考えました。そして何度も獅子像の前でほめそやし、いろいろ話をしているときに、君主からそれほど高く技量を評価されている人の妻であるとはどんなに幸せなんだろうと言いました。

獅子の美しさを並べた後で、「ひとつだけ」と彼女に言いました。「この素晴らしい作品にも問題がある。すべて完璧に仕上がっているけれど、この動物の重さを量れないのは、それ自体欠点に思える。重さが量れないということがなければ、世界のどこにも絶対これほど素晴らしいものはないのだけれど」この言葉を聞いて、金細工師の妻はすこし残念に思いました。自分の夫の作った獅子に欠点があるとは考えたくないので、他人がそんな非難をしたとしても、自分の夫ならその重さを量ることだってきっとできるはずだと答えました。

「次に」と彼女に言いました。「わたしたちが顔を合わるときに、その疑問を解消してあげられると思うわ」 そして家に帰ると夜になるのを待ちました。かなり気まぐれな夫からこのことを聞き出すのに、そのときほどふさわしい時間はないと判断したからです。夜が来て寝る時間になり、ふたりは横になりました。そこで女は夫をなでさすって、彼が作った獅子の素晴らしさについて話をしました。長い話のなかで、あれは黄金で出来ていてとても価値のあるもので、重要であるがために重さを量れないことを別にすれば、他にまったく欠点はないと彼女は言いました。

「確かに」夫に言いました。「像の脚に車輪を取り付けてどこへでも曳いて行けるようにしたほど優れた知恵のあるあなたのことだから、重さを量る問題でも、その才能で方法を見つけられるのではないかしら」 この言葉を聞いた金細工師はすこし困りました。その秘密を妻に明かせば、そのうち自分の詐欺がばれてしまうことを恐れたからもあり、また一方で、それを秘密にしておけば妻に対する自分の名誉が台無しになるように思ったからでもありました。

「この秘密を」彼女に言いました「これまでだれにも教えようと思ったことはない。ただし、お前は俺の妻で、自分の魂同様に愛しているから、お前に隠しておけないし、そうしようとも思わない。どんなことになってもお前は他人に絶対明かさないと信じている。万一お前が明かしてしまって俺の秘密を他人も知ることになれば、俺の名声はひどく傷つくことになり、お前もやはり最低の女として評判と貞節に瑕がつくからな」夫は、決して他人に口外してはならないと妻に念を押しました。

「お前も知ってのとおり」金細工師は言いました。「車輪があるから獅子はどこへでも簡単に運んでいける。重さを確かめたいなら、海岸に持っていって舟に乗せてやればいい。黄金の重さは一リブラも間違いなくわかるだろう。舟に乗せたら、外側の海に沈んだ箇所に印をつけるのだ。獅子を舟から下して、印のところまで舟が沈むまで石か何かを積み込んで、それから石を量らせれば、像の黄金の量はだれでも簡単に確かめられるだろう」そう聞いた妻は、こんな大事な秘密はだれにも明かさないと夫に約束しました。

それにも関わらず、大抵の女は頭が弱いもので、朝になると夫の横から身を起こしてお祈りに出かけ、そこで例の知り合いである、もう一人の金細工師の妻に会いました。夫が明かしたことをすべて喋ってしまい、他の誰にも口外しないようにと熱心に頼みました。相手は口外しないとの約束をして二人はしばらく一緒にいましたが、その後はそれぞれ自宅へ戻りました。二番目の金細工師の妻は帰宅すると、獅子の重さを量る秘密を知り合いから聞き出したことでうれしくなってすぐに自分が聞いたことを夫に伝え、詐欺があったと君主に確認させるよう急き立てました。

妻から急かされなくても金細工師はそのつもりでしたから、翌朝早く君主の屋敷へ向かい、下僕に向かって重要な話があるからと取り次いでもらい、許しを得ると、君主に対して金細工師が詐欺をしたことを暴きました。そして、その確かめ方を教えてから、暇乞いをして自分の家に帰りました。その後君主は、獅子を造った金細工師を自分の下へ呼び出し、彼を町の外のどこかへ送り出しておいてその知らないうちに訴えを確かめようと、王宮の用事を言いつけて町から一日ほど離れた場所へ行かせました。金細工師が出発したその晩に、君主は聞いた忠告にしたがって、獅子を海岸に連れて行かせて重さを量らせてみると、金細工師が黄金を二百ペーゾ以上もくすねていたと判明しました。君主は気分を害し立腹して、金細工師が村から帰ってきたとたんに捕まえて自分の前に引き出させるました。それまで与えてきた恩恵に対して金細工師が犯した悪事と詐欺を宣告し、町から少し離れた塔に連れて行かせました。その戸口を閉ざして出られないようにし、空腹のあまり死ぬか、高い塔の上から身を投げて自殺するようにさせました。

大臣たちはすぐそれを実行しました。金細工師の妻は、知り合いに獅子の重さを量る秘密を明かしてしまった自分がすべての不幸の元凶であると知って、このことに大変悩み苦しみました。ひどく嘆き悲しんで、翌日の早朝にその塔へ行って、大声で泣きながら夫に向かって悔やんでみせ、自分がこんな不幸の原因であること、裏切り者の知り合いに獅子の重さを量る秘密を明かしたことを告白しました。しかし、塔のてっぺんに閉じ込められ、あと数時間で死ぬしかないとわかっていた夫は

「涙なんか」と彼女に言いました。「今となっては余計なことだ。涙で俺が助かるわけがない。俺が死ぬ原因が自分にあるとお前が思っていてお前だけが俺を死から救い出せるのなら、本当に俺のことを愛していて自分の過ちを後悔していることを行動で示すがいい。見ての通り、俺はこの塔のてっぺんで飢え死にするか、飛び降りて自殺するかしかないのだ。だから出来るかぎり俺の命を救うため、手伝いをしなければならない。すぐに町へと戻って、うんと長くて細い絹糸をここへ持ってこい。その糸をたくさんの蟻の足に結びつけてから、蟻を塔の壁に置いて、その頭にバターを塗ってやれ。蟻はバターが大好きだから、その匂いを嗅いで、バターが近くにあると思ってどんどん上っていくだろう。たくさんの蟻がいれば、一匹くらいはここまで這い上がってくるだろう。神の御意志にかなうのなら、きっと数時間で俺の命を救う道が見つけられるだろう。お前は細い絹糸と一緒に太い絹糸も持ってきて細糸に結び付けておけ。俺はそれを引き上げて、さらにそれに細縄を結ぶ。そんな具合に太い縄をこの上まで手繰り上げたら、俺は塔の上に滑車(これもお前がこっそり町から運んでくるのだ)を取り付けて、迫った死の危機から脱出できるだろう」

悲しむ女はこの言葉を聞いて少し気を取り直してすぐに町へ向かい、数時間後には夫が命じた品物を持って塔へ戻りました。そして彼の言葉を実行に移し、しばらくすると縄と滑車が塔の上へ引き上げられました。金細工師はそこにあった大きな梁に滑車を固定し、素早く滑車の一方の端を妻に投げ下ろすと、自分の体を縄に縛り付けろと命じました。彼が下に降りていく間、彼女が縄の端を手で持ってで支えているだけの力がないので、彼女の体で重さのバランスをとるようにさせました。縄の一端に体を結びつけた男が地上に降りたら、今度は彼が縄を持って彼女を下に降ろすからと言って。夫の大事を願っていた女は言いつけに従って、夫の命を救う手段を確実にしました。

こうして男が地上に降り女が塔のてっぺんに着くと、塔のなかへ入るように男は命令し、女が体に結んでいた縄の端を下に投げ落とせと言いました。女が木に腰掛けて安全に降りられるように、縄に木材を結んで引き上げてやるからと説明しました。女が夫の言葉どおり縄の端を落すと、夫はその縄を力いっぱい引っ張って、滑車からはずしてしまいました。そして自分をこんな危険に陥れた妻への憎しみを持って、夫は塔のてっぺんを見上げました。

「邪悪で罪深い女よ」彼女に言いました。「おまえは今いるその場で、俺の手によって確実に死ぬのだ。お前のおしゃべりのせいで君主から俺に与えられた死の運命は、お前に与えられるべきものだから」そう言うと、人に見つからないように、滑車から引きはずした縄を、塔から持って降りてきた細い絹糸と細縄と一緒に、塔のそばの小川の中へ投げ込んでしまいました。

その後、再び捕まって君主の手に落ちないように一晩中歩き続けた金細工師は、だれも知り合いのいない、町から遠く離れたある村にたどり着きました。妻は塔のてっぺんに残されてひどくおびえました。彼女はここで死ぬしかないと思って一晩中大声で泣き続け、朝になると慈悲と助けを請うたので、そばを通りかかった人たちはその嘆き声を聞いて寄ってきました。金細工師を死刑にしたはずの塔の中にその妻がいて、大泣きしながら行きかう人に慈悲と助けを求めているという知らせが君主に届きました。そこで君主は、塔に行って彼女を王宮へ連れて来いと家臣に命じました。すぐにその命令が実行されて、女は君主の前で自分の身に起きた出来事をすべて物語りました。君主は、金細工師がどのような巧妙な知恵で妻を騙したかを聞いて、大笑いをせずにはいられませんでした。その日のうちに、金細工師が君主の御前に出てくれば罪は許されるという御触れを塔の周辺に出しました。

この知らせが金細工師の耳に届き、かれは大喜びで君主の前に現れました。君主はもう一度彼からすべて話を聞くと、腹を抱えて大笑いをし、金細工師の女を引き合わせてふたりを仲直りさせ、彼の罪を許しました。

その後で、詐欺のことを知らせたもう一人の金細工師には町のそばの農場を与えて、その収入で家族を養えるようにしました。かれらもまたいっしょに仲直りし、大喜びで家に帰って行きました。


[V] 木曜日「ランモの復讐」へ続く→